豊北町が無医村に!? これまで想像もしてなかっただけで、容易に想像できる話
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先日、令和6年度の 豊北地域福祉推進委員会 という会議に出席しました。
これも 豊北町子ども会連合会 会長 という役職を務めているといくつか自動的にメンバーになっている会議のひとつです。
福祉の推進は、過疎化・高齢化が激しく進む豊北町にとっては非常に重要なテーマです。
いつもの “シャンシャン総会” ではない雰囲気…
例年、新年度が始まって5月末頃までは、さまざまな団体… まち協 とか 子ども会 もそうですし、PTAや自治会長会なども、前年度を締めて新年度の計画を承認する 総会 がめじろ押しです。
豊北地域福祉推進委員会 も同様で、事務局である 下関市社会福祉協議会豊北支所 が招集し、行政担当部署の長や町内各地区社協の会長のほか、わたしのようないわゆる「充て職」的なメンバーに加え、「学識経験者」という立場の方も出席されていました。
割とこういう総会は、例年と大きく変わらない前年度の事業報告と決算、それを踏まえて大きく変わらない次年度の事業計画と予算がサクサクッと承認される “シャンシャン総会” の様相を呈することが多いのですが、今回はそうもいきませんでした。
福祉関係者、高齢者の悲痛な叫び
社協の豊北市所長が淀みなく読み上げる事業報告の中に、
- 「ほうほく訪問看護ステーション」所長の定年退職に伴い、職員体制の確保が困難であることから事業継続を断念、ただし民間事業者に参入を依頼し、当面の体制維持を確保
- 居宅介護支援事業について、人材確保が困難な状況が継続しているため、町内4つの事業所を2つに統合
という、事業の終了・縮小にかかる内容が含まれていました。
寄付金を財源としている社協のサービスは、経済状況の悪化や人口減少の煽りをモロに喰らうようで、非常に残念だけど、現状を考えると仕方のないことなのか… と思っていたところに、学識経験者の先生が
「人口が少ない地域、利用者が少ない地域で、こういうサービスを切り捨てていくのはいかがなものか」
と意見されました。「弱者にとっては非常にマズい」と。
つまり豊北町のような少子高齢過疎地域は、高齢者の割合も高いのに、交通の便が悪く、お互いが助け合うことも困難な日常に直面しているわけで、本来はそういう地域にこそ福祉サービスが必要なのに「人がいないから仕方ない」で済ませていいのか、ということなんです。
車が運転できなければ日々の買い物にも行けない、郵便も出せない、下手すりゃ回覧板を”隣りに”回すことさえできないぐらい過疎ってる地域で、訪問看護サービスが打ち切られる、居宅介護サービスが縮小する、というのは致命的です。
とはいえ、下関市の、旧豊浦郡部を除く旧市内でもいくつか事業が縮小しているところもあるそうで、全体的な流れなのかもしれませんが、相対的なダメージの大きさは比べものにならないのではないかという気がします。
訪問看護も、居宅介護も、高齢者の方が住み慣れた家で人生の最後を送れるようにと運営されてきたサービスです。
このふたつが同時になくなってしまうと、看護や介護が必要な高齢者は病院に入院するか、介護施設に入居するかしなければならなくなります。
これは、わたしたちの目指す「帰ってきたくなるまちづくり」にも影響があります。
「せっかく帰ってきてくれましたが、豊北町で最期を迎えることはできません」
こんなのが「帰ってきたくなるまちづくり」のオチだなんて、あまりにも悲しすぎるでしょ…。
ただし、この状況については社協豊北支所も問題として捉えてくださっているようで、直ちに解決とはならないにしても、なんとかする努力は継続してくださるようです。
元どおりは難しいにしても、なんとか、より多くの方が納得できる着地点を、みんなで模索したいものです。
求む、リアル Dr.コトー
豊北町医師会の会長も、豊北町の医療の現場に警鐘を鳴らします。
豊北町内にあった最後の比較的大きな病院が閉じてしまい、現在はクリニック的な個人医院がいくつかあるだけになってしまいました。
ちょっと大掛かりな治療が必要な場合は、最も近くても豊浦町や豊田町の病院にかかる必要があるし、豊北町内の小さな医院も、医師の高齢化が進んでいます。
医師会の会長は「このままでは近い将来、豊北町は無医村になるぞ」というのです。
これって、実はわたしには 寝耳に水 と表現できるくらい驚きでした。
いや、よく考えたらそりゃそうなんです。
豊北町に新しくお医者さんなんて来てないし、毎年人は歳をとるし。
でも、正直「豊北町が無医村になる」なんてセンセーショナルな話、想像すらしていませんでした。
医師会の会長曰く、「こんな田舎で開業したって、採算が合わないんだから誰も来ないよ」だそうです。
パッと聞くと、なんちゅーことを言うんやこの医者は…と思ってしまいそうですが、でも恐ろしいくらい事実です。
お医者さんだって、医師になるまで、経済的にも時間的にも生半可じゃない投資を積み重ねてきているんですから、しっかり回収して、大きく増やさなければ割に合いません。
でも、だからといってこのまま無医村になって、それでも子どもたちに「素敵なまちだから帰ってきなよ」とはなかなか言えません。なんとかならないものか…
わたしは医師会の会長に質問してみました。
「例えば、若いお医者さんが、豊北町で開業するとしたら、イチから物件を探して、医療機器を買い揃えて、スタッフを雇って…ってする必要がありますか?」
すると、期待どおりの答えが返ってきました。
「そりゃ、誰かの病院を引き継いだら、施設も医療機器もそのまま使えるし、患者さんも引き継げばその部分の苦労はかなり少なくなるよね…。ウチなら喜んで引き継いでやるんだけどね…」
やっぱりか!やっぱり事業継承か!しかも医者。
「でも、そこの手間や苦労が省けるにしても、これから患者の絶対数は減っていくわけで、市場がどんどん小さくなってくビジネスなんだから、『採算がとれるか』っていう話ではない…。やはり豊北町で開業してくれる、っていうお医者さんは、そこからもうひとつ “想い” がある方なんでしょうね…」
と話したところ、医師会の会長も、先ほどの福祉の学識経験者の先生も頷いてくださいました。
まちづくりサイドからできること
福祉も医療も、これまでは日頃、まちづくり協議会や子ども会の活動では関わることがあまりなかったけれど、まちづくりを語るうえでは最重要といえるポイントです。
それに重要すぎて個人の力ではどうすることもできない。
今のわたしには、こういう会議などで気付いたことをこうやって記事にして、少しでも多く、わたしと同じように知らなかった人に気づいてもらうことぐらいしかできません。
でも、前から知ってて何も感じてない人より、これを機会に知って「大変だ!」って感じてくれる人がひとりでも増えてくれたら、そしてそれを繰り返していたら、やがて何か良いアイデアを持った人につながるかもしれない。行動する人に刺さるかもしれない。大きなムーブメントに発展するかもしれない。
そう信じて、拙いながら文章にしてみました。
元々福祉に明るくないまま、会議の内容をメモして、解釈したまま記事にしていますので、事実と微妙にことなる部分があるかもしれません。
今後詳細な知識や情報が得られたら、そういう部分はリライトしますので、もし「オイ、シン、ここおかしいぞ」ってところがありましたらドシドシご意見お寄せください…!